日本銀行の金利政策を理解しよう

日本はアメリカとの貿易を通じて、経済発展を確立していきました。

順調に進んだ戦後の経済発展

日本は第2次世界大戦時に発行した戦時国債などの国債の償還を行わなければならないという財政的な負担を負っていました。戦争で負けたこともあり、日本という国自体には信用力が無いと言っても過言ではない状態が続きました。先ほど説明した通り、ガリオアエロア資金などの流入、つまり、アメリカの後ろ盾で信用力を得た日本は、初期の段階ではアメリカとの貿易を通じて経済発展をするというモデルを確立していきます。

しかし、戦争の後遺症は重く外貨の持出制限など、様々な制限が課せられました。また、純粋には日本国内に資金はなく、ようやく稼いだ外貨を色々な場所に使うことはできませんでした。そこで、当時の通産省は重点的に育成する産業を指定し、その産業に集中的に資金を投下しました。銀行もこの育成される産業には資金を多く供給しました。金利政策とは多少異なりますが、このような金融政策で経済を発展させていきました。

戦後の経済発展が順調に進むと、今度はインフレ圧力が高まっていきます。初期の段階では日本に信用力が無いことから高い金利を支払っていましたが、インフレ圧力が高まるにつれ、金利のレートを下げる政策を実施するようになります。資本主義社会は景気循環というものが存在します。何年周期などの説もありますが、これといった法則が存在するわけではありません。そして、景気循環は好景気と不景気に分かれますが、好景気の時には金利を上昇させ、資金供給量を減少させ、更に、不景気の時には金利を下降させ、資金供給量を増やし、経済活動を活発にさせるという金利政策を採り続けました。

ただ、1980年代後半に入ると、実体経済以上に資金が流通し、過度なインフレ懸念がいわれるようになりました。これは金利政策ではどうすることもできない段階であると判断されたため、1991年に銀行からの貸出に対する総量規制を実施することとなりました。ここにバブル経済が崩壊することとなります。そして、その後の経済の停滞、中央銀行である日本銀行は早くこの状況を脱そうとゼロ金利政策を実施するようになりました。

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