定期預金の金利の推移

定期預金の金利の推移は、戦後の復興期には比較的緩やかに上昇し続け、高度経済成長期とその後に続くバブル経済期には急激に高まりました。そしてバブル経済が崩壊してからは坂を転げ落ちるように低くなって行き、ここ20年程はずっと低い水準で推移しています。

過去には郵便局の定期貯金の金利が年10%を超えた

定期預金の金利の推移を見てみると、戦後の復興期から高度経済成長期に突入する頃までは比較的緩やかに上昇しています。しかし、高度経済成長期とその後に続くバブル経済期に急激にその数値を高めています。その後バブル経済が崩壊してからは、定期預金金利の数値は坂を転げ落ちるように低くなって行き、ここ20年程度はずっと低い水準で推移しています。

そして現在は空前の低金利時代だと言われています。確かに定期預金に預け入れをしていれば元本割れをすることはありません。しかし、今の状態では定期預金の利息に大きな期待を寄せることもできません。ただ、これまでの日本の経済を振り返ってみると驚くような高金利が定期預金に適用されていた時期もあったことが分かります。定期預金の金利の歴史を辿ってみると、まさにその時代の世相を反映しており大変に興味深いものです。

日本は戦後の復興期を乗り越え、1955年ごろからおよそ20年間にわたり、世界でもほかに類を見ない程の高度経済成長を遂げました。高度経済成長を支えたのは多くの日本の企業でした。アメリカが大量の物資の生産を発注したことによる朝鮮戦争特需によって、日本は復興への足がかりを得ます。物資の生産性向上のための設備投資に充てようと、企業はこぞって取引金融機関から融資を受けました。企業において資金の需要が高まれば、金融機関では融資するための多くのお金が必要となります。多くのお金が必要になれば市場に出回るお金が足りなくなって供給不足になるので、融資を受けるための金利は上昇します。商品が品薄になるとその商品の価格が高騰するのと同じ理屈です。そして融資のための金利が上昇すれば、預金金利ももちろん上昇していきます。こうして日本の経済状況は大きく改善し、その後に続く東京オリンピックや数々の経済政策も手伝って経済成長率は毎年10%程度と右肩上がりの成長を続けました。その間も預金金利は上昇していき、1970年代頃には10%を超える郵便局の定期貯金もあったそうですが、世帯所得も物価もそれ以上に急速に右肩上がりとなるインフレ状態であったために、それほど高金利だと実感することはなかったと言います。1974年には公定歩合は9.0%に上昇し、定期預金金利の公式データは残されてはいないものの、普通預金金利は3.0%を記録しています。こうした高度経済成長も第一次石油危機によって終わりを迎えることになります。

高度経済成長は終わっても、日本経済は安定して成長していきます。経済成長率は5%ほどに落ちましたが、自動車や電化製品の輸出が増加して日本の貿易黒字は大幅に増えました。しかし、あまりにも輸出が増えたために欧米との貿易摩擦が生じることになります。貿易摩擦の解消を目指して1985年に締結されたプラザ合意が発端となり、今度はバブル経済期を迎えることになります。アメリカの貿易赤字を減らすために日銀は外国為替市場に介入して為替を操作しましたが、結果として円高不況が起きてしまいます。慌てた日銀は不況対策のために公定歩合を引き下げました。プラザ合意の頃に5%だった公定歩合は1987年には2.5%にまで引き下げられています。金利が大幅に下がれば企業は資金調達がしやすくなりますが、同時に預貯金による運用益も少なくなりますので、個人は預貯金以外の資産形成に目を向けます。結果、土地や株に投資することになったのがバブル景気の始まりです。土地や株は異常に値上がりし続け、危機感を抱いた政府や日銀は加熱しすぎた景気を抑えるために今度は公定歩合を引き上げました。1989年に2.5%だった公定歩合は翌年には6.0%に引き上げられます。それに呼応するように金利は上昇し、普通預金金利は2.08%、定期預金金利も6.08%と非常に高くなります。

高度成長期もバブル期も定期預金金利は非常に高い水準でしたが、これは経済の変動に合わせて日銀などが金融市場への介入や金融調整を行うことによって生じた現象であるとも言えます。現在では「基準割引率及び基準貸付利率」と名称を変えた公定歩合が中央銀行である日本銀行によって変更されれば、定期預金をはじめとする預金金利に大きな影響を及ぼします。預貯金や融資に対しての、高度経済成長に伴う高金利やバブルの金利は、中央銀行の金融調節が金融システムに大きな影響を与えた例だと言えるでしょう。

バブル経済が崩壊した後、日本は深刻な経済不況に陥ります。金融業界では不良債権の処理に対処しきれない金融機関が破綻するなどの問題を抱えました。公定歩合も毎年のように引き下げられ、1995年にはついに1%を割り込み0.5%まで落ち込みます。この年、普通預金の金利は0.1%となり、定期預金の金利も 1.091%まで落ち込みます。更に翌年には公定歩合、普通預金金利に目立った動きはなかったものの、定期預金の金利は0.504%になってしまいます。この様な背景を受けて、金融市場再生をめざして1996年ごろから行われた金融改革が金融ビッグバンです。様々な金融緩和によって金融業界の自由競争が進んでいく中、多くの金融機関は生き残りをかけて再編を繰り返し、独自のサービスを追求するようになりました。三菱東京UFJ銀行みずほ銀行三井住友銀行といった全国を跨ぐ大手都市銀行の誕生や、セブン銀行住信SBIネット銀行オリックス銀行イオン銀行ソニー銀行といったインターネット専業銀行の台頭も金融ビッグバンによるものだと言えます。また以前は横並びであった振込手数料やATM手数料、そして預金金利も金融ビッグバンの理念である金融自由化によって、各金融機関で決められるようになりました。

金融ビッグバンによる金融市場の改変は進みましたが活性化はなかなか進まず、2000年以降現在までずっと普通預金金利は0.1%を下回り、定期預金金利も1%以下と低迷したままになっています。詳しいデータが残っている2003年時点では、普通預金の金利が0.001%、定期預金の金利は0.068%まで下がってしまっています。公定歩合は1994年に金利の自由化が完了したために預金金利との連動性はなくなっていき、2006年には名称も変更されました。このような流れを受け、融資を殖やすために大幅に金利が下げられた状態が続いていますが、功を奏しているとは言えない状態です。現在のメガバンクの預金金利を見ると、普通預金金利は0.001%、定期預金金利は0.01%と各行横並びの状態となっています。以前は手厚く守られていた銀行業界も、今では自ら積極的に顧客獲得に動かなければならない時代です。昔の金利がもう一度よみがえるということはもう恐らくないでしょう。急激に経済が成長する時代は終わり、今後は緩やかに経済が回復して行くであろうという経済見通しが多く発表されています。実質GDPも少しずつですが上向いており、このまま堅調に景気が持ち直せばもちろん定期預金の金利も上昇していくでしょう。

過去の定期預金金利の詳しいデータをインターネットで閲覧することもできます。1988年から1994年までの銀行定期預金金利と、1988年から2003年までの郵便局貯金金利は日本銀行の「統計の概要及び公表予定」(http://www.boj.or.jp/statistics/outline/note/notest2.htm/)の中の「目次」→「預金金利」→「(参考)預金金利(1994年10月3日まで)」と「(参考)郵便貯金金利(2003年3月まで)」で確認できます。そして1997年から現在までの銀行の定期預金の金利については、日本銀行統計や時系列データなどの銀行部門の資料が参考になります。例えば日本銀行の金融経済統計月報(http://www.boj.or.jp/statistics/pub/sk/data/sk2.pdf)PDFの7ページ目、4 預貯金金利(1)などで確認することができますので、ぜひ参考にしてみて下さい。

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