宝くじの歴史

賞金付きのくじを購入する賭け事を「富くじ」と言います。

江戸時代初期の富会がルーツ

宝くじのような、賞金付きのくじを購入する賭け事のことを「富くじ」と言います。一説によると、日本における最初の富くじは、江戸時代初期に摂津箕面(大阪)の竜安寺で行われていた「富会(とみえ)」であると言われています。富会は、元旦から年始7日までに参詣した人達が、自分の名前を書いた木札を納め、7日に寺僧が3人の当選者を選びだし、お守りを授けるという開運くじ的なものだったようです。

それが後に金銭と結びついた「富くじ」となり、寺社の修復費用調達の手段として活用されるようになりました。中でも、谷中の感応寺、目黒の瀧泉寺、湯島天神の富くじは「江戸の三富」として有名だったとのことです。

その後「天保の改革」によって「富くじ」の販売は全面的に禁止となり、明治に入っても「太政官布告」によって、厳しく取り締まられたために、長いこと日本で「富くじ」が販売されることはありませんでした。

昭和に入り第二次世界大戦に突入すると、政府は軍事費の調達を図るために「勝ち札」という名の富くじの販売を始めます。100年以上禁止されていた富くじを復活させたのは、他でもない政府だったのです。

戦後には激しいインフレを防ぐために浮動購買力の吸収を目的とする「政府第1回宝籤」が誕生、そして昭和29年12月に、荒廃した地方自治体の復興資金の調達を目的とする「全国自治宝くじ」が誕生しました。これが現在の宝くじの始まりです。

その後の急速な経済成長や、オリンピックといった国家行事の開催とともに、宝くじの賞金や規模も大きくなり「ジャンボ」という愛称のついた大型くじが販売されるようになりました。このジャンボ宝くじの登場により、宝くじはより広く社会に浸透するようになったのです。

昭和50年代に入ると、より多くのファンのニーズに対応するために、その場で当たりがわかるスクラッチ、欧米由来のナンバーズやロトといった新しい種類の宝くじが販売されるようになりました。

現在宝くじは、5種のジャンボ宝くじ、全国通常宝くじ、ブロック宝くじ、3種のロト、2種のナンバーズ、そしてスクラッチなどが取り扱われています。

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