信用組合の歴史

最初の信用組合は、19世紀中ごろのドイツで生まれました。

江戸時代の「先祖株組合」や「五常講」

世界で最初の信用組合は、19世紀中ごろのドイツで生まれました。産業革命による急速な資本主義経済の発展は、富める資本家を生み出す一方で、多くの労働者を困窮させました。当時の銀行は、資本家のみを顧客としていたため、労働者が資金を工面する際には高利貸しに頼らざるをえず、さらに貧困化が進んでいきました。

そうした中、労働者が協同で自分達の金融機関を設立しようという気運が高まり、都市部では「ドイツ市街地信用組合の父」と呼ばれるヘルマン・シュルツェ・デーリチュが、農村部では「ドイツ農村信用組合の父」と呼ばれるフリードリッヒ・ウィルヘルム・ライファイゼンが、世界最初の信用組合を設立しました。当時、ライファイゼンが引用した「三銃士」の名言「一人は万人のために、万人は一人のために」の言葉は、今なお信用組合の精神として語り継がれています。

日本における信用組合の源流は、江戸時代に始まった「先祖株組合」や「五常講」であると言われています。「先祖株組合」は、村民が所有する土地を提供し、その土地からの収益を土地の開拓や改良のための資金としたり、生活が困窮している村民の救済に充てたりする協同組織でした。また「五常講」は、金次郎像でお馴染みの農政家、二宮尊徳が儒教の教えをもとに創設した、互いに生活を支え合うために資金を貸し借りする制度です。

明治時代、近代的金融制度の整備が進む中、農民や零細の商工業者の間で自分達の金融機関を作ろうという運動が起き、1900年にドイツの制度を手本にした「産業組合法」が設立、今の信用組合の前の姿であるところの「産業組合」が誕生します。

大正時代に行われた「産業組合法」の改正により、都市の中小商工業者のための「市街地信用組合」と、従来の産業組合法に基づく「準市街地信用組合」の二つの信用組合が誕生しますが、戦後の中小企業の資金難を解消するため、1949年に「信用協同組合」として統合されました。

1951年に「信用金庫法」が施行されたことにより、市街地信用組合の多くは信用金庫に転換、協同組織性を強く意識した組合のみが「中小企業等協同組合法」に基づく「信用組合」として残り、現在に至っています。

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