国債の歴史

日本の国債の歴史は、明治維新の直後の1869年からスタートします。

赤字国債の禁止と発行の再開

国債の歴史は古く、その制度は12世紀中頃のイタリアの都市国家であるベネチア共和国やジェノバ共和国にも存在していたと記録されています。しかしながら、王政の時代に発行されていた公債は、償還の原資が保証されなかったり、国王が変わったタイミングで白紙に戻されたりと多くの問題を抱えていました。

17世紀頃、現在のオランダにあたるスペイン領アムステルダムは、国際的な金融センターの地位を占めており、そこでは最先端の金融政策が行われていました。公債についても、国王が公債を発行する際には議会の保証を必要とする等、現代の国債の元となる、近代的な制度が導入されていました。名誉革命により、イギリス国王に即位したオランダのオレンジ公ウィリアム3世は、オランダの最先端の金融知識をもった専門家や銀行家を呼び寄せ、オランダの国債に倣った国債制度を設立します。オランダの影響を受けて大きく発展したイギリスの金融界は、コンソル債とよばれる国債を生み出し、このコンソル債が欧州における国債の基準となり、広まっていきました。

一方、日本の国債の歴史は、明治維新の直後の1869年から始まります。当時の国債の主な目的は、鉄道の建設費用を調達することでした。開国したばかりで、国際的な信用力のない日本は、当時経済的に強国であったイギリスのポンド建てで国債を発行し、海外をターゲットに資金集めをしていました。

太平洋戦争に突入すると、日本政府は「戦時国債」の発行を行います。一種の個人向け国債ですが、強制的に購入させられるものであり、戦費を徴収するためのしくみの一つであったといわれています。この戦時国債の発行により、戦後の混乱期には、日本の国債発行額は税収を上回り、それが引き金となって、戦後インフレが起こってしまいました。

財政法の制定により、赤字国債の発行および日銀の赤字国債引き受けは禁止となりました。しかしそれもつかの間、1965年には赤字国債の発行が再開されてしまいます。その後のバブル景気により一時的に赤字国債の発行は止まりますが、1994年には発行が再開され、その後現在に至るまで発行され続けています。

< 戻る | 進む >

定期預金の金利の比較

メニュー

コラム

カテゴリー

メニュー

Copyright (C) 2008-2017 定期預金の金利の比較 All Rights Reserved.